トニー・クルピチカ(Anton Krupicka)に1年間密着して撮影さられたというドキュメンタリー映画、『In the High Country』が2013年8月2日からダウンロードで購入できることになったので($15)、早速購入してお昼休みに観てみました。
トニーは米国のウルトラマラソン界に2000年代半ばに新生のごとく登場した若きミニマリストランナーで、その風貌や、やわらかな物腰から米国の若手ウルトラランナー代表格の1人とされています。とことんまで無駄を削り落とすその哲学とも言える生き方も他のトレイルランナーたちに影響を与えました。シューズのアウトソール部分を自らナイフで極限まで削って自家製0mmドロップシューズにカスタムしたランニングシューズを履いて、長髪、上半身裸でトレイルを駆け抜ける姿はまるで現代に蘇った走るキリスト、もしくは60年代のヒッピー文化の体現者だと表現する人もいます。映画の中でも語られますが、トニーの先祖はボヘミアンだったこともトニーに少なからず影響を与えているのではないかなとも思います。
この世界にその名を知らしめる契機となったのは、2006年に行われたLeadville Trail Marathonでの優勝(タイムは03:41:04)だと思います。当時まだ22歳だったトニーの登場は比較的30代、40代が活躍するトレイルランニング界では衝撃だったのではないでしょうか。翌年の2007年には同じくLeadvilleの100マイルレース、Leadville Trail 100で優勝(タイムは16:14:35。なんと2位に3時間以上の差をつけてのぶっちぎりで優勝)し、その後もMiwok 100KやRocky Raccoon 100、White River 50 などのレースで優勝を重ね、2010年にはUTMBと並ぶ世界最高峰の100マイルレースであるWestern States Endurance Runでも当時のコースレコードである15:13:53で第2位でフィニッシュするなど、2006年の登場からわずか4年で圧倒的な存在感を示す存在まで一気に駆け上がりました。毎年速く若いランナー達が次々に登場してくるこの世界の中でもトニーの魅力は際立っていると言えます。
そのトニーのドキュメンタリー映画ということですが、公開前のトレイラーなどからあのキリアン・ジョルネのドキュメンタリー映画である『Summit of My Life』のような映像詩のようなものかなと思っていたのですが、ほぼそんな感じの内容でした。
(以下、ネタバレ注意です。)
この作品はトニーファンにはたまらない映画だとは思いますが、いかんせんPVを見ているように映像が流れていき、気がつけば終わってしまう可能性があります。ただ、その中でも特に私の印象に強く残っているシーンをあげるとすると、トニーの足指のアップシーンです。作品中何度かトニーの裸足がアップで映し出されるのですが、厳しいトレイルを走りこんだトニーの爪はボロボロになって黒く変色し、見方によっては結構痛々しいシーンでもあります。その黒く変色した爪がかなり短く切られた指先からは、二枚目でさわやなかイメージのトニーの姿は想像できません。そこには何度も石や木の根に足をぶつけ、ボロボロになっても走り続ける、まるで私達のような市民トレイルランナーとそんなに変わらない、実物大のトニーの姿があるようでした。まあでもその黒く変色した爪を遊び心たっぷりにピンク色にマニキュアするところにトニーのお茶目っぷりを感じます。
映画の中では、トニー愛用の(スポンサー企業の)トレイルラングッズも多く登場します。Ultimate Direction のAK Race Vestを使用しているシーンは結構自分的に参考になりました。他にNew BalanceのMT110をNew Balanceの中の人に手作りしてもらっているシーン(羨ましい!)など、分かる人にはおおっとなるシーンも結構あります。あと個人的に、トニーの愛車(兼宿)であるシボレーのステーションワゴンのダッシュボードにジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』が無造作に置かれているのがいかにもトニーらしくてニヤっとしました。
まとめると、この『In the High Country』を何度観ても、トニーのランニング哲学や半生を全て窺い知ることはできません(一部は垣間見ることができますが)。そこにあるのは美しいコロラドの山とそこをレースをするでもなく、ただ1人走るトニーの姿だけです。この映画はトニーに馴染みの深いトレイルをトニーと一緒に観客も追体験する、そういう映画なんだと思います。なのでトニー自体を全く知らない人や興味がない人が間違って観てしまうと、なんだこりゃ?となる映画だと思います(笑)。これから観る人には、週末にお酒とおつまみ片手に友人たちとおしゃべるしながら流し見するくらいの、そんなゆるい気持ちで観ることをおすすめします。
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